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宮崎駿 作品 私感

1はじめに・・・
   
  子供の頃から東映マンガ祭りがテレビで再放送されているのを
 喜んで見ていた私が、どうしても「面白くない」「趣味じゃない」と
 感じていた作品があった。中学・高校になりスタッフが誰だから
 等という見方をして初めてその自分の好みでないモノを作っているのが
 宮崎駿氏だと言うことに気がついた。
 どんなに有名だって どんなに世界に認められたって、趣味じゃない
 好みじゃない。心に響かないモノは好きになれない。
 で、「宮崎作品は好きじゃないんだ」と実感していた私が宮崎氏も
 嫌いだと思ったのはずっと後のことだ。
 アニメ好きの方々には有名な話しだが、人として亡くなった方の
 追悼文にああいうことを書く宮崎氏を私は人間として軽蔑する。
 それが手塚先生にはやっぱりかなわなかった事への悔しさだと
 その失礼な追悼文の端々から感じれば 感じるほど 人間として
 最低だと思えてならない。
 宮崎作品が好きな方には申し訳ないけど、ここは私のHP
 氏のファンの集まる場所で大声で嫌いだと叫ぶような、
 手塚先生の追悼文に有名なアニメ監督しての立場で
 あんな事を書いている訳じゃない ここを読んで
 今まで私のページに来てたけど もう来たくないという人が
 いたとしても仕方ないことだ。

もくじ


  2 初めて見た宮崎作品
  3 他作品
  4 ヒロイン像
  5 監督として
  6 まとめ

2 初めて見た宮崎作品

 

  「パンダコパンダ」 小学校低学年か、幼稚園児頃の
 幼少時代に見て、「つまんないなぁ〜」と思ったのが最初
 小学校低学年の子が宮崎作品などと自覚出来るはずもなく
 同じ時期に見て心に残っている「少年ジャックと魔法使い」
 「美しい森の物語」は目を見開いてどっぷりはまりこみ
 大人になってからもその作品を追いかけ その作品を
 改めて調べてスタッフから見ても各作品が優れたスタッフの
 元作られたことを知った。(少年ジャックと魔法使いは
 東映動画※現東映アニメーションを立ち上げた方々が
 気合いを入れて作った作品 つまり宮崎氏の先生の
 先生にあたる方々が作った作品)
 「どうぶつ宝島」 比較的好きだけど ヒロインの子の
 後半がつまんない。これも幼少時代 心に残らない作品の
 一つだ。小学校の毎回の春・夏に再放送された東映まんが
 まつり作品でこのタイトルを見ると「パンダコパンダ」と
 同様 ガッカリしたのを覚えている「なぁ〜んだぁ あれかぁ」
 幼少の頃の私が氏の作品だから嫌い 等という知恵がある
 はずもなく、有名な監督だから 東映の大御所スタッフだから
 好き だとか そんな見方が出来るはずもない。
 要するに趣味じゃないし、その趣味じゃないってのはもう
 すでに小学校低学年で確立されて今なお 継続しているのだ。

  
 

3 他作品

   
   友達のつきあいで映画館まで見に行った宮崎作品は
 「魔女の宅急便」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」
 「長靴を履いた猫」映画館の隣の席で涙ぐんでいる友達を
 よそに私はしら〜っと醒めていた。主人公に感情移入が出来ない
 話しが終わっても「あれ?これで終わり だから何が
 言いたかったの?」というのが全ての作品への正直な感想
 なるべく好き嫌いを度外視して映画を見に行ったが、結果は
 変わらず「趣味でない」という所に落ち着いた。


 「魔女の宅急便」
 女の子が魔女(一人前の大人になる)成長過程を書いた
 作品らしいけど、中だるみするし 話しらしい話しもなく
 なんでこんなの映画にするの?絵が綺麗でユーミンの
 BGMはいいけど それだけだ。

 「天空の城ラピュタ」
 他作品に比べればそれなりに見せ場もあるしストーリーも
 ある。でもやっぱ登場人物に感情移入出来ない。
 なんでその時 そう感じて そう行動するのかわからない
 
 「となりのトトロ」
 主人公の五月ちゃんが可哀想なだけじゃん。病気のお母さんを
 抱えてつらいのは妹じゃなく、五月ちゃんだろうがぁ
 見ててつらくなるもの なんでみんな好んで見に行くんだ。
 これと言ったストーリーは全くなく、妖怪達が乱舞するのが
 どうやら主人公のなぐさめになっているけど、だからなに?
 という感想は変わらない。

 「長靴をはいた猫」
 最近になってとある映画館で見た。主人公の葛藤や
 ヒロインの行動も納得できる アクションもあり
 ストーリーも面白かった。でも、最後のあの主人公
 2人の助かり方は、あんまりにもご都合主義。
 アニメだから良いじゃんって ああいう所で使っちゃ
 いけない。

 
 テレビでたまたまやってて横目で見ていた作品
 「未来少年コナン」「風の谷のナウシカ」「思い出ぽろぽろ」

 「未来少年コナン」
 この作品あたりからどうやら私は宮崎作品が好きではないらしい
 と、名前で実感し始める。最初 絵の美しさや動きのなめらかさに
 惹かれて見ていたんだけど、主人公2人にまったく感情移入
 出来ないし、話しもダラダラしてるし、周りのアニメファン
 友達の評価とは 裏腹にどこが面白いの?と思っていた。
 各名シーンをリアルタイムで見てたけど「ふ〜ん」て感じ。

 「風の谷のナウシカ」
 お姫様で不思議な力を持っている逸脱した存在を 周りが認め
 ている 好感を持っているって理解できない。それこそ
 絵空事とか 子供だましとか アニメだから
 いいじゃん的 安易さを感じる。普通 逸脱した存在は周りから
 疎ましいとか恐ろしいという見られ方をすると思んだけど。

 「思い出ぽろぽろ」
 なんてことないどこにでもありそうな話し、わざわざなんで
 お金かけて時間かけて 作るんだろう?見終わっても
 だから?それで?何? これで終わりなんだ。なぁ〜んだ
 つまんないの。

 横目で見て様と感動できるモノは出来る 最初 横目で見ていても
 面白い作品はいつの間にかテレビにくぎづけになる。
 全く趣味に合わないからこそ 引き込まれもしないし
 後で考えても面白くなかった理由しか浮かばない。


 ※宮崎駿監督作品以外にも氏がメインで関わっている作品を
 宮崎作品としています。
  

4 ヒロイン像

   
  何が嫌いって主人公(男の子)もだけどヒロインが
 嫌いだ。どうしてあんなに弱いんだろう?宮崎ファンに
 言わせると強い女性達というけど、強い女性像って
 例えば「パーマンのパー子」とか「ドロロンえん魔くんの
 雪子姫」みたいな子の事を言うと私は思う。
 宮崎氏本人も「女の子は守ってあげたい様な子が好き」
 と言ってるのを見聞した。彼の描く女の子はみな
 自己がないわけではないけど 周りに流されてしまう
 そんなヒロイン達ばかりで、見ていてイライラする。

 宮崎ヒロイン像を二つにわけるとこうなる
 

女の子が主人公

副主人公

ナウシカ(風の谷のナウシカ)

ラナ(未来少年コナン)

キキ(魔女の宅急便)

シータ(天空の城ラピュタ)

五月(となりのトトロ)

キャシー(どうぶつ宝島)
  主人公だからそれなりに活躍する。敵や困難に対して前向きに善処しようとするが、今ひとつ爽快感を感じられない。五月ちゃんに関しては痛々しささえ感じて見てて辛い あるいはそれを感じさせる様なか弱い女性像を理想としている。  どの子も似たタイプだ。ヒーローに助けてもらって当然あるいは、自ら敵や困難に挑んでいくがまったく歯がたたないし、起死回生出来ない。主人公を助けるために自己犠牲的行動をとる。(感情的な言い方をすると後ろからはり倒したくなるタイプ)

 

 (どうぶつ宝島)キャシーに関しては他ヒロインより活躍するしいい感じ?と思っていたら、
実際は宝の地図を手に入れたらその後 どうするか?というジムの問いかけに何も考えていなくて自分の理想や夢がなく 主人公の夢に乗っかるような主体性がない。 後半 それがきっかけで、前半の活躍や行動力 主体性は影を潜め ヒーローに助けを求める弱いヒロインになる。



 

 5 監督として

 

  私が感じる優れた監督像というのを先に述べると
 原作がある場合 その原作の持つ魅力を十二分に理解し
 原作内のセリフ エピソードを流用しないまでもその
 作品 あるいは作家の個性や世界観を広げ 逸脱させない
 そして監督としての個性をほんの少しスパイスとして
 効かせる事が出来る人。監督本人のオリジナル作品の場合は
 勿論 これの限りではない。

 上記 私的 優れた監督像からも宮崎氏は大きく外れている
 宮崎駿夫の名前を一躍 有名にした「ルパン三世
 カリオストロの城」原作ルパンファンである私はあれは
 ルパン三世というキャラクターを流用した同人誌的作品
 原作のルパン あるいはルパンファミリーをまったく
 理解していない人がルパンという有名で誰もが理解し
 好むキャラクターを自分のいいように動かして
 歪めた作品だ。

 この作品の優れた点 あるいは宮崎監督が世界に認められ
 素晴らしいと評価されるのはアニメーションという
 動く絵の技術面だ。
 美しくなめらかで躍動的な動き 背景美術の美しさという
 表面的な面のみで みなが感動し 素晴らしいと評価して
 いるとしたら、氏がアカデミー賞を受賞したのはアニメ界に
 とって最悪だ。アニメーションは技術面や表面のみを
 評価されるジャンルではない。
 氏の作品にはストーリーやテーマ等があまりにも希薄で
 中身がない。わかりやすい 絵や動きの美しさのみで
 人が感動している。それはアニメーションの一面にしか
 すぎない。かりに電機紙芝居といわれるパラパラな動画でも
 ストーリーやテーマが明記された作品の方がアニメーション
 本来のあるべき姿だ。それを一見して滋味で わかりにくい
 という理由で評価されないとしたら今後
 アニメーションというジャンルは衰退していく一方だ。

 2004年「日本マンガ映画の全貌」

 動く絵としての技術的に優れていると私は氏の作品を評価していたが
 この展覧会を拝見して氏が師として接していたであろうスタッフの作品を
 鑑賞し あれらの優れた「動画」をお手本としていた人の
 作品には思えないほど 動く絵としての魅力すらなくなってしまった。

6 まとめ 

  

  「有名人が嫌いなの?」とか「手塚先生への追悼文で
 嫌いになったの?」と良く聞かれる。勿論それもあるけど
 それらの理由は後からついてきたモノで あくまで私は
 氏の作品が趣味でない。好みでないのが何よりの理由だ。
 有名人が嫌いとか、みんながいいというのを良くないと
 思っているかについては 私が好きな手塚治虫・石ノ森
 章太郎・藤子不二雄A・F・赤塚不二夫・永井豪 各
 先生方が無名で王道から外れていると言う人がいるなら
 ぜひその理由を聞いてみたい。
 手塚先生への追悼文に関しては氏の「手塚先生への歪んだ
 愛情」と理解しているが、その歪んだ愛を持っている氏が
 嫌いだ。
 横浜で催された「手塚治虫展」でゲストで呼ばれた石ノ森
 先生が「俺達(藤子両氏・赤塚氏など)が束になっても
 手塚先生にはかなわなかったんだぞ わははは」
 とインタビューに答えている石ノ森先生を私は尊敬する。
 「俺達かなわなかった」というその方々は、手塚先生に
 嫉妬させ 落ち込ませた実力の持ち主達だ。
 
 ここを読んで不愉快に思われた人には申し訳ないが
 私は宮崎作品が趣味ではないし、氏が嫌いだ。
 宮崎ファンの友達に散々 彼の作品の魅力について
 聞かされたが、どれも私には納得できない、今後
 宮崎ファンの人に作品の魅力について聞きたいとも
 思わない。

 私の感性が鈍いと思われるのは侵害なのであえて
 言うと優れた作品を見て感涙し、長年探し求め
 大人になって再見した「思い出の迷作」は優れた
 スタッフにより作られた作品ばかりだし、現在の
 新作アニメーションを見ても 自分の感性にあった
 作品に出会えばどっぷり浸かって作品を堪能出来
 隣にいる人の視線を気にしながらも感涙する。

 有名だから 手塚先生に失礼な追悼文を書いたからは
 あくまで後からついてきた理由 子供の頃から宮崎作品は
 趣味じゃない。好みじゃない。嫌いなのだ。
 
 
 






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